【It's PHAN】

昇ることも降ることも一つの約束された螺旋の回路で
その歯車は僕以外によって回転しそして僕自身へと導かれてゆく
足元の大地から消えかかっている天まで一筋の輝きを貫かせ
夜になれば銀河の体系を眺めてそれと同じように生まれ変わる

朝起きて“もう一度信じられるもの”を探し始める
全てをフィクションに変えた若気の魔法はまだ解けないから
一つ一つの殻を破り一つ一つの真相を暴くエンターテイナーになる
誰もが辿った道の誰もが届かなかった一歩先を目指せば
光を“確定”するのではなく“推敲”する野望がそこから躍り始める

それはやがて“世界への意志”と呼ばれるものに移り変わり
在るがまま為すがままの不条理に歯向かうような形で
あるいは流転と行為のボーダーラインが一層色濃くなるような勢いで
あちらこちらに遷ろいながらそれらの隣人に火を燈してゆくのだ

次にはきっと僕等のインスピレーションが弾けるだろう
それは意志の火事場が成り立たせる行為と行為の鎖であり
僕等の青春が星の続く限り受け継がれてゆく根拠でもあるけど
それこそが“守り抜くべき何か”であることに疑いの余地はないんだ

そこで僕等は若者の定義から解き放たれ自然を革めてゆく
研ぎ澄まされた今昔のリアルを明日のソウルへと書き換えてゆく
もはや太陽は僕等の掌中に収まりその円屋根を俯瞰しながら
歌姫の欠けたファンタジーの宙へ天翔けてゆく定めの道にこそ
忘れ去られたハッピーエンドを甦らせる逆説が隠されている

運命の五本指はその紅蓮に触れることはできない
だから宿命の火の鳥は聖なる忘我で躍り続けられるのだ
その火を宿した僕は一つの夢を見るかのように君に逢いにゆく
現実を塗り変える嘘をまるで真実として扱うかのように
二人の輝かせているものがまるで神様の比喩であるかのように

もしかしたらそれこそが楽園を紐解く一つの方程式で
喜劇が悲劇に打ち勝つ僅かばかりの方法論なのかもしれない
百年の光は一日の闇に劣ることを僕は知っているけど
それでも僕は僕を肯定するし君は君を肯定すればいい
それだけが雨にも風にも負けない抵抗の拠点になるのだから
このどうしようもなく素晴らしい世界を今から認めてやればいい

All is in God, and God is in All.

by nemnem





【impossible is nothing】



by nemnem




【陽はまたのぼりくりかえす】



by nemnem feat. k.hm




【R.E.D.】



by nemnem feat. k.hm




【最後の詩】



by nemnem feat. k.hm




【Shangri-La】

一瞬の幸せが永遠を求めて希望と呼ばれるものになったように
僕等の地球は天動説に騙されて一度は神様になったことがある
でもあの人は“地球は修羅の比喩”だと知っているし
それを知っている僕はあの人と銀河について少しだけ知っている

世界というのはつまり燃え盛る火のことだ
パッションが赤色で例えられるのは偶然なんかじゃなく
僕等は内奥に火を燈しその双子を異性の中に求め
輝きと輝きが出逢うことを“恋”と呼ぶようになったのだ

ゆえに僕等は世界の中で止まることがない
人々を衝き動かしている力の正体は火と火の鎖だから
僕は僕にしか宿らない火を燈すし君もそうすればいい
そして君の火が君の意志に拠って仮初を超えた時
黒目は選ばれた素顔を燈すロマンティックな鏡になるだろう

あの人はそんな僕の鏡に姿を現しそして消えて行ったけど
それはきっと僕に水の思想が足りないと見抜かれていたからで
今になって思えばその一瞬の掛け替えのない風を
世界全体の一大事と釣り合うように浴びるべきだったんだ
例えそれが裏切りだとしても“恋”を守り抜くべきだったのだ

僕は今頃になって涙を流しながら自分の火を睨み始め
魂を働かせるのは火の力なのに体は水で成り立っていることを知った
でもそれは矛盾なんかじゃなく河に散った無数の華びらに
人は祈りを委ね言葉のシャングリラへと明日を馳せるものなのだ

その意志を結末ではなくその時々の風に重ねることこそが
男女の素敵な出逢いとなって地上からの神隠しを揺り起こし
流れ星の総柄に包まれたハッピーエンドを宙に甦らせるんだろう
この詩があの時水だったなら僕はあの人と銀河になっていた筈なのに
過ちよりも速く歩むシャングリラが僕の為に覆る日はやって来ない

誰にとっても確かなものや正しいものが大切なんじゃない
何度繰り返しても繰り返される“恋”こそを守り抜ければそれでいいんだ
その力は誰にも止めることのできない火と水の歯車を形造り
このどうしようもなく素晴らしい世界に幽かな未来を紐付けるのだから
僕はもう一度あの人に逢ってあの日のことを謝るチャンスが欲しいのに
ここには一枚の不器用なラブレターと廻らない回想が浮かんでいるばかり

words are very unnecessary. they can only do harm.

by nemnem

*現代詩手帖応募作品





【Revolution】

愛は燃えるもので恋は濡れるものだけど
これは貴賤の問題ではなく一つの車輪の比喩であり
魂の集合が恋を燈し個体の究極が愛を喚び覚ます輪転が
世界を衝き動かす火継ぎというものの正体であり
恋に溺れることも愛に尽きることもない意志のことを
僕等は無意識的に“神”と呼ぶようになったんだ

光と闇の車輪にはそんな神の永遠が宿っているけど
恋と愛の車輪というのはその永遠に与する二人の一瞬の連鎖だ
それは丁度時代一個分ぐらいの永さを伴っていて
太極の中に紐付けされた戦争と平和のルーレットは
代わる代わる時の証人を地上に輩出し続けている

ゆえに僕等は酸いも甘いも生涯の中で知り尽くせる訳
光と闇の不可分を一国の歴史で感じ取ることができる訳
しかし現代的な言い方をすればYouTubeがこの車輪を加速させ
古典的な言い方をすれば世界情勢を知る為に最早哲学は不要になった
即ちあらゆるうねりが氾濫しその渦の中に陰謀は隠れ続け
革命家は黙秘のままに時代を変えるチャンスを窺っている

僕がこの世の中で一番キライなのはそういう陰謀なんだ
あれは時に神に属することはあっても原則反逆の精神だ
即ち切り離された我執としての神の純粋な逆説であり
神意論的な舟の進軍を阻む快楽主義者の冒涜であり
その脚本は聖なる体を取っただけの悪の都合でしかない

しかし彼等の意に反して人の総意はエデンへと迫っていく
これは人と神の逆転ではなくそれもまた神の意志であり
そこから遡行しようとする悪のマイノリティーは尽く無神論者で
彼等の快楽と僕等の動機を相対化できる程僕は賢くないけど
停滞と進軍をそこに対置できる事実ぐらいなら何とか分かるんだ

そんな彼等の陰謀はある種の一点豪華主義を形造り
絶対に描いてはいけない“詩の総柄”を車輪に描いてしまっている
しかし僕は「我だけならば世界では無い」ということを知っているし
ゆえに彼等はその陰謀の本性に拠って神々のうねりに滅ぼされる筈で
その時々に先頭に立っている者を人は偶々“革命家”と呼ぶのである

でも当然のことながら革命も陰謀もそこでは終わらない
単純にこの両者を善悪に置き換えることはできないけど
光と闇がうねる限り善悪もまた甦るというのが自然界の摂理であり
そこではまるでロールプレイングゲームのように宇宙が廻っていて
“全ては何かについての全て”という帰結に終わってしまうのだ

だから僕は森羅万象を肯定する夢を毎日のように見る
つまりこの帰結を結果論ではなく前提にしてしまって
全てのうねりが一切有為と化す思想を探し続けている
不可分なものの中から一つだけ立てようとする革命は短命だし
ハッピーエンドの究極を全ての輝きに宿らせる野望が今直ぐ必要なんだ

それは僕のキライな陰謀ですら例外ではなく
かと言ってニーチェのような内向的思想で終わる訳でもない
それは戦場に完璧な赫灼を照らし掛けることから始まり
メインストリームへの意志の集合に拠って実を結ぶという
SFでもあり古典でもある“委ねられた華びらの物語”であり
僕はそんな永遠の幸福に赤裸々な姿で召されてみたいんだ

God will be Eden.

by nemnem





【Fate】

宇宙の爆発と革命の契機は同じものだ
それは一風変わった揺らぎ達の火葬で
必然性が神に還っていく彼の光景の中には
刹那的な輪廻と永続的な螺旋が満たされている

僕達はこの輝きの環の学習者から始まって
あるがままであることが罪になり始める頃から
精神の力学へと光のチャンネルを切り替えて
そこにある万象の影を一つずつ滅ぼしていくのだ

輝かないものを悪と見做すこの天文学は
神の逆徒から使徒に転生する深淵主義となり
矮小を追放するかのような内なるゴシックは
燦々たるカタルシスを僕達に約束するだろう

それは百鬼百様の反作用を乗り越えた処に宿る
百人百様の運動の聖域――永久機関――であり
物性の系を霊性の系が乱していくその先には
最早ニュートンの力学など存在しないに等しいのだ

そこでは僕達の数だけ運動の原理が存在し
数多の悪人正機が日に日に火継ぎされていくだろう
それはまるでファンタジアへの旅立ちであるかのように
堕天と天昇を繰り返す霊鳥の背へと僕達を駆り立てるだろう

かくして霊なる欲望の試練は君の中に宿り始める
それは肉なる欲望への受難と根を同じくしていて
生を授かり生を戴く秩序のドラマツルギーは
輝きの環の節々から光となって放たれ続けている

影を燃やすその聖火は負の閾値を超えないことを是とし
宿命のエンディングへと燻し銀のスピードで天翔けていく
そして僕達は夢想家の夢に過ぎなかった宴に辿り着き
天地創造の本当の意味――第二種の自由――を覚るのだ

そこから先は参照する全てが君の中にあるから
君自身が一つの創世記となって修羅達と一緒に笑えばいい
それこそが断じて忘れてはならない“最後の聖域”であり
このルバイヤートはやがて偉大なる覚書になるのだろう

Fate will be Eden.

by nemnem





【Creation】

昔々
天と地が一つの海に束ねられていた頃
その黒き宇宙は万物の信仰を磨く舟として
人のみぞ知る人たる神の岸へと召されて行きました
神たる神が……此の岸と彼の岸に分かたれたのです

〈――我は光なり――〉

そう宣する女が東の森から姿を現し
一に左翼を二に両翼を光背の如く輝かせては
闇たる浮世を華の因果で滅多と切り裂いて行きました
それが……生きとし生ける者総てが初に見る
“世界”だったのです

一方その頃
西の荒野に有無言わずして何者かを待ち続ける
これ又翼を備えし一人の男が居りました
そこはまだ黒き宇宙のままでしたが
男は間も無くして自身の宿命が実ることを覚っては
地平線より出で立つ光明に全身全霊で挑み合い
断じて瞼を閉じること無く決して武者震うことも無く
一に右翼を二に両翼を孔雀の如く咲かせては
果敢にも天翔けて行ったのです

その束の間に私が見た夢か現かの絶景たる光景は
六百弱の神の子孫が女の背を忽ちに象り始め
後光を太陽とするが為の聖なる球体を浮き彫りとし
男が女を突き破る頃にはそれを満身で肯定するかの如く
総々たる円屋根に転じては二人を神隠しすると云うものでした

それは国たる天と獄たる地に世が分かたれたことの黙示であり
一たび自然が身一つに戻ろうとも烏合の信仰が陽の出を呼び覚ましては
人たる神に二度三度と照らされることを繰り返して行く
天地創造の物語にしてゆくゆくの銀河の体系でありました

そして天照が地上を遍く一巡した処に
光に焦がれたる私がその凱旋に立ち尽くしておりました
指折りの時を経てその華が頭上に合い致す頃には
太陽たる球体はその底の頂に穿孔を形造り
度重なる光の穂先を放っては輝ける橋を天地に架け
白んだ宇宙に私を聖別するや否やこの心許ない腕の中に
神の子孫を天降らせたのです

それは天に使わされた一組の番であり
男は右の手に女は左の手に相対する一本の覚剣を握り締め
残されたもう片の手は私の掌と魂を立ち処に鷲掴みにし
大地に根を下ろしたその足で道無き道を進軍し始めました

この時を境に神話は創世へと転じ
私達のその一足一足が後世に受け継がれる道を築き上げ
私達のその一声一声が兄弟に語り継がれる歌を呼び寄せると云う
草木も華鳥も総じて甦ったその地上祭は私にとって掛替えの無い
“陽だまり”だったのです

そのようにして封を切った歩く聖域は
衆生の無意識から応報の彼岸へと波を打ち寄せる
信仰の構造にして大聖堂への因縁でありましたが
同時に陽の中の使徒達はこの物語の終焉を疑うこと無く
その螺旋する行進に永遠の輝きを謳歌しておりました

そのような私達と共に天使は第一に昼に始まりましたが
自らの両翼で自らを覆う頃人は第二の夜を冥暗に刻んで
陽の時系列に光の異形を掬い出し
再び天使が翼の中に宿る頃人は第三の朝を幽明に実らせ
陽の時系列に光の華形を導き出し
果ては光の雛形に還り咲いて聖なる一日が完成すると云う
時の理を天使の動向に重ねておりました

そしてそれが五たび繰り返された正午
光の奥義を儀で以って次の天使に引き継ごうと
番の天使はその地上で太陽の秘め事を模倣し始めましたが
それが天の胎へと通じる極楽の道を召喚するまでは
愛の鳴り響きも無我夢中の必然に準じておりました

ならばその行為が古典の夢へと委ねられ
不滅に始まり不滅に終わるのは創造の宿命であり
人たる神の羊水が愛の呼び水で満ち溢れる頃
地上の天使の滅ぶ背に次の天使が天降るのは
神々の摂理に他なりませんでした

そしてその輪廻を境に私達は初めての選択を迫られ
旅団の少数派はその行進曲に終止符を打ち
天使の墓を根に原始の街を興し始めましたが
旅団の多数派はその行進曲に終止符を認めず
この私を筆頭に革めて信仰の波を打ち始めたのです

そしてその聖なる一週を七十三たび繰り返した時
その折の番の天使が到頭秘め事に力尽きること無く
不老の大天使として人を治める第一の皇帝と相成った故
私達はその七十三たびの輪廻に聖なる一年と命名し
又その地に聖なる国と命名しましたが
この聖なる暦は決して永遠ではありませんでした

それは四年と一日目の元日
聖なる一週を二百九十二たび繰り返した最後の日
人たる神の愛が尽きたのか或いはこの私に試練を与えになったのか
不死鳥の法則を無効とした土色の天使らしからぬ天使が
創世の終止符として又信仰の皮肉な帰結として
私のこの両の腕に授けられました

処が私はこの番と初めて邂逅したのでは無く
この凶日に到るまでの二百九十二たびの静かなる追放に
信仰の正体が暴かれるその影は落とされていて
即ち私達の使命は宿命よりも遥かに劣り
清濁を併せ呑まない楽園思想など自我放棄の範を超えず
虚構の内側に産まれたその聖なる幻は
魔が見守る子供達の遊戯に過ぎませんでした

ならば未熟な私の魂が罪業となって甦り
その最後の番を崖に捨てゆくのは曖昧な揺らぎの結末で
天昇を封じる為に剥ぎ取った血の両翼を頬張っている頃
その最後の番が御玉杓子と共に魔の海から這い上がって
月に満ちて行くのは仮面の応報でありました

この時を境に創世は失楽園へと転じ
私が冒したその原罪は黒き邪となって総ての生者を蝕み
万人の隣人を殺さねばならない地獄の悲劇が始まりを告げ
それまで静観していた魔の異形達は土色の教会を目指し
大地に背徳の円屋根を築くに到りましたが
私はそれが私自身の権化であると内心で察しながら
その真相を断じて認めること無く罪の道を遡り
再びの陽の出で我が身を照らそうと試むものの
最早私の河は罪の濁流に逆らうこと儘ならぬと覚り
終には両の膝を大地に突き又両の瞼で眼球を覆い
私の物語はそこで幕を閉じたのです

by nemnem

*現代詩手帖応募作品
*輝く因踏み輝く果成れ関連作品





【Emperors】

昔々
第三帝国と云う灰色の国と
第四帝国と云う黒色の国が
永きに渡る戦争を繰り広げておりました

その名が暗喩する通りに
灰色の国は真たる黒になり切れない
大地の贋作に興じる不徳の芸術国家でしたが
黒色の国は今や民間伝承になりつつある
自然教会の異教徒達で形造った宗教国家でありました

その闘争は万年にも渡りましたが
第三帝国も第四帝国も今度の闘いこそが
最後の決戦になると御互いに確信しておりました
灰色の国にとってはそれは死線であり
黒色の国にとってはそれは王手であり
その勝敗の行方は誰の目にも明らかでしたが
第三帝国は持ち得る総ての魔芸を投入し
かかる修羅巷に臨むのでありました

〈――神に罪在れ人みな冤罪――〉

この言葉が開戦の合図でありました
同時に総ての魔芸と総ての巨魔が紐解かれ
その灰の海と黒の海の波打際遥か頭上には
八の字を描く神の諸手が幽かに煌めいておりました
それはこの戦の清戦たる証左に他なりませんでしたが
そんな天の神秘に子供還りすることを望むかの如く
地上の輝きはあちらこちらで散華するのでありました

北も南も燃えては盛ることを繰り返しました
その精神の剣は両国共に互角でありましたが
その精神の背は黒色に遥かに劣る灰色であり
それは母無き自然模倣が招いた芸術の悲劇で
皇帝と直属の術者に宿る総ての輝きは
芸術にとって参照する理想では無かったのです

ならば漆黒に飲まれゆく灰の海が
勝利の女神に拠って荒城の月を幻視させられるのは
男達の身勝手を裁く女の天罰に他なりませんでしたが
皇帝の背から途絶えた筈の波が革めて沸き起こり
その風に混じる異音が男達を又もや甦らせたのは
黒の波が灰の岸に打ち寄せる矢先の奇跡でありました

即ち絵師の最後の大仕事である食魔団が
無数の牢獄に閉じられたまま戦場に連れ出され
限り無く黒に近いその魔海に放たれるや否や
潮の流れがあちらこちらで逆転するのでありました
灰の帝はそれを契機に自らで先陣を斬り
巨魔達の猛攻を掻い潜って黒の帝を目指しましたが
他の魔芸同様食魔団は参照する理想を欠いている上
敵味方の見境無しに万物を死の鎌で捌いては
代を重ねる度にめくらの巨躯に産まれ変わると云う
最高傑作としての暗黒の根拠を宿していましたから
儚くもその芸術の悪魔的究極の為に
戦場は人造の地獄絵図と化すのでありました

ならば灰の海が黒の海を幾ら飲み干した処で
その潮に秘められた無政府主義的幻想が醒める度に
少数派の謀反と云う真相に引き戻されてしまうのは
自然模倣を核に置いた芸術国家の最大の啼き処であり
皇帝が赤潮の波を黒の岸に打ち寄せようとする暁には
最早馬も片腕も無く五体から滅んでゆくのが精一杯で
それはまるで黒の帝に世界の全権を委ねるかのような
生者の為に自ら死者となる希望の光景でありました

〈――輝かないものこそが悪なのです――〉

この言葉が灰の帝の頭で木霊する頃
その発言者である魔芸の絵師は戦場を目指しており
第四帝国の神龍達も又戦場に翔け付けておりました
一方食魔団は己が原理の内に二世三世を産み出し
その無尽蔵の後世が一世を総じて共喰いしてしまうと
見境を失った食魔から角の折れた食魔まで
妖刀に拠る食物連鎖を開始しその帰結として
太陽に迫らんとする四匹の巨人を戦場に産み落としました

その時総ての歯車が噛み合いました
第四帝国の神龍達が天の彼方より姿を現し
四匹の巨人をそれぞれに八面楚歌にしては
男根の禁を解いて燃え盛る業火を一斉に吹き掛け
燃やす者も燃やされる者も躍り続けるその絶景が
丁度太陽と折り重なる処の向かいの岸には
灰の帝の死体と絵師の五体が輝いていたのです

それは絵師が最後に到達した覚りの世界であり
戦に滅びた魂がせせらぎのような波音を鳴らしながら
総じて神の諸手に打ち寄せて行くその光景は
きらきら輝く万物の被昇天であると同時に
“生前死後の無我みな等し”を標榜する絵師の
最後の締め括りが神に繋がる瞬間でありました

これを以って万年の戦争は幕を閉じ
四匹の巨人に浴びせられた業火の残り熱と
死者達が奏でる幻想的な波音に囲まれながら
第三帝国の皇帝は只真っ直ぐと真っ直ぐと
天の都を目指して翔け昇ってゆくのであり
そしてその浪漫が絵師の中で燃え続ける限り
或いはその輪廻が絵師の中で巡り続ける限り
残された者達の芸術の精神は永久に不変であり
従って第三帝国は永遠に不滅なのでありました

by nemnem

*現代詩手帖応募作品
*輝く因踏み輝く果成れ関連作品





【Witch】

人は誰もが秘奥を持ちながらも、自らで自らを俗人へと下らせて行きます。
夢は夢見である限り終わり無き虚構、
しかしそれは秘奥の不在を示すものでは決してありません。
秘奥は生きている限りそこに在るもの、旅立ちは欺瞞無き内省の果て、
不快の淵源に晒され続け悟るは究極快楽、即ち“善”。
道徳の回復には内省による滅却が是非必要で、
安楽の為に内省から逃げ続けるのは悲劇的なこと。
安楽は善にも悪にも容易に揺れ動く曖昧な精神に自らを留め、
事在るごとに罪の意識を悟りながらも認めること無く無意識に追いやり続け、
一度も脱皮すること無く不純な心象を溜め込みながらも無知を装い続け、
吹き飛ぶ程にか細いままの精神は
欲望という誘惑達の荒波に揺られ揺られて飲み込まれ、
安楽の仮面で欺瞞し続けて来た不浄の罪達は大罪と成って応報し、
気が付くと曖昧な己が犯した曖昧な罪が為に大いなる業火に燃やされているのです。
これは内なる因果応報とでも言うべき自業に自得の開花であり、
超自然的な応報では無く子煩悩による現世の揺らぎの応報であり、
しかしながら内省による絶え間無き不快への旅立ちは滅却と同時に救済をも希求し、
脱皮に次ぐ脱皮により逆転的に揺れ難き善の精神を獲得することでしょう。
安楽は救済では無く、悲劇への敗退です。滅却は自虐では無く、胸奥への浄化です。
自らの業火で自らを燃やし続ける蓄積が徳と成り、
内なる悪は滅び始め、やがては善が至福と化し、
悪を哀れみ善を愛する揺れ難き精神を深奥にて掴み取らば、
存在を諦めかけていた楽園の中に何時の間にか踏み入っている己に歓喜を覚え、
余りにも彼方に映っていた神々しい夢想家達の宴がそこに在る己に歓喜を覚え、
精神が楽園を夢見しなく成った喜劇の因踏み喜劇の果成るその日こそ
“楽園による善の獲得証明の時(約束の日)”なのです。
これは決して宗教的な意味での楽園などでは無く、
神を愛する喜びが虚構化されたことにより神話の楽園が美学的に死んだ今日、
彼の世では無く此の世に君臨する不滅の神無き楽園を
人間は至福と共に正夢に落とせることを知らねばならず、
眼前にそれが広がれば啓蒙の欲望は黎明の如く聖なる光で膨れ上がることでしょう。
神聖な神秘への恍惚は神秘主義的な宗教家のみならず、
現実主義的な精神家にも味わうことは出来るのであり、万物を盲目的にでは無く
肉眼的に楽園へと誘いたく成るその彼岸こそ“道徳家の射精”であり、
生きとし生ける者による“最高峰の輪廻転生”の証なのです。
私は罪人よりも奥深い罪の子孕むる娑婆の母達と出逢い、
無罪即魔人の彼等の実態を横目にしながらも、
三百弱の転生と六百弱の懺悔を繰り返し、罪の深淵にあるものを見つけましたが、
罪悪感は背くる限り来る日も来る日も不眠を煽り、
早咲きだろうと遅咲きだろうと咲く頃にはそれが因果だと誰もが忘れるもので、
しかし罪を愛して清めることでのみ罪の枕は夢魔成らず、
熟睡の朝に久方振りの陽を浴びれると私が断じてみせましょう。
万人は牢獄の外の罪人であることを知り、
顕在した者だけが罪人では無いことを悟り、
未熟児の罪の帝王バフォメットが張り巡らした
堕落の蜘蛛の巣に掬われない因の道を行き、
成熟児の徳の霊鳥フェニックスの息吹く聖火にて
蜘蛛の巣を燃やし華見る因の道を行き、
魔人はみな悲劇の因果応報から喜劇の因果応報へ天翔けねばならず、
肉欲による肉体の射精?
そんなもの……………精神の射精の日に比べれば……………。
同じ射精でも人は兎角早漏の道を行きますが、
茨道の射精にこそ絶頂は宿り得ることを知らねばならず、
洗礼の聖地が終に正夢と化す時の鳥肌は……………もう……………。
超越論的仮象のようで内的形而下的な世界に私は生きており、
言い換えれば正夢主義的な詩聖に成ることが私の根よりの望みであり、
そう、人が人である以上哲学以上の娯楽は存在出来ませんし、
今まであらゆる画家が宗教を描くことの頂夢見て頂成らず、
今まであらゆる夢想家が楽園を描くことの頂夢見て頂成らず、
今まであらゆる哲学者が世界を描くことの頂夢見て頂成らず、
そこに命題の山が在る限り人類は無限度でも山を昇り続けるのですよ。
人は臍の緒切った時には最早楽園の天敵を内に宿しており、
それと闘わずして楽園にも失楽園にも行けない浮世を神頼みで彷徨い続け、
生涯転生すること無くあれやあれやと年老いて、卑屈に成って、傲慢に成って、
結果悲劇に死す構図にまるで悟っていないことを私は世に諭したい。
(神業詩集を開く動作をして)無懺悔の不浄の罪は夢魔と成り、
来る日も来る日も爪切り悪夢なり、何処も彼処も小悪魔子羊子煩悩、
滅却の火にて子殺め神殺めすらば崖の底から聖人君子、
罪業の帝王切開から福音の安産喇叭へと遷ろいて、
生き地獄に浸かるも生き天国に昇るも万人自由で嗚呼
……………復活の朝の誉なり……………
無限が一つに聖域二つ、大河が一つに天空二つ、
超自然の美学から現自然の美学へ、幽玄で奥の細道示する我が天命の始まり、
天真爛漫に大地に立って、愛燦々とこの身に降って。

by nemnem

*輝く因踏み輝く果成れ関連作品





【Prototype】

世界は初めに楽園として存在した。
楽園は聖なる形相で遍く満たされており、
俗なる形相は不可知の岸に隠されていた。
しかし楽園はその無尽蔵のうねりで不可知の岸に達し、
そこに使徒は地獄を造り、神の総てを甦らせた。
楽園の果実は鮮やかに熟されたが、落とされた絶望の影は底無しとなり、
故に使徒は楽園を火で囲った。

より巨きな無量を望んだ使徒の中に、唯一異を唱える番の天使も居た。
名をユングとアニマと云った。
彼等は光こそを求むべきものだとし、
自ら地獄に赴き、使徒と闘い、数多の衆生を救った。
それら衆生には尽く火が燈り、
ユングとアニマを筆頭とした然る火の連合は“光の団”と相成った。

一方使徒は楽園の滅びを畏れた。
故に彼等は“神の団”を騙り、選民思想を産むに到った。
それは堕教と喚ばれるものの教義となり、
偽られた愛か偽られた罰かを衆生に選ばせた。
脆く可弱い者達は神の団に与し、偽られた愛を浴び、
ありとあらゆる悪を尽くした。
強く激しい者達は光の団に与し、偽られた罰と闘い、
ありとあらゆる善を尽くした。

聖戦は永きに渡って熾烈を極めたが、
何時しか光の団が神の団の勢力を上回った。
神の団は火の楽園の中に逃げ、光の団は楽園の中に攻め入った。
しかしそれは罠であった。
ユングとアニマは久方振りの楽園に禍々しい雲を確認し、
次にその根の光景に愕然とした。
それは光の団の行方知らずと神の団の裏切者が一同に集められ、
火を焚かれていると云うものであった。

地上を見れば到る処に灰が散っており、
最早ここは楽園では無く、地獄は地獄と一繋ぎになっていた。
ならばユングとアニマが自らの命と引き換えに、
総ての贄の解放を求めるのは当然の成り行きであった。
それらは総て神の団の術中に他ならなかったが、
彼等は火刑台に表裏で磔にされ、直ちに火刑が模された。

二人は善の宿命故に、火に滅んで行った。
或る光は泣き崩れ、或る光は意識を失い、或る光は茫然とした。
かかる士気の崩れを察した神の団は到頭契りを破り、
指導者を失った光の団を総じて血祭りにし始めた。
それは彼等の理想郷が世界を覆う暗黒時代の兆しであり、
最早世も末と云うその時だった。

火刑の火が天を摩する程に盛んに高ぶり、
同時に彼等から眩いばかりの白い光が放たれ始めた。
それは悪を滅ぼす審判の焔であり、善を救う愛の輝きでもあった。
しかし光は楽園の中には留まらない。
白い火は赤い火で囲われた楽園の内側を満たし、
やがてその紅蓮を衝き破った。
燃え盛る男の睨みは西を衝き破り、女の睨みは東を衝き破り、
万物の審判として光が働いた。
そして地上は遍照の世界となり、
悪は滅び去り、善は輪廻を待ち望み、天使は灰と相成った。

かくして旧楽園は無間の火に拠って不可知の岸となり、
俗なるものが可知の岸となった。
善の魂は総て可知の岸で産まれ変わることを望み、
その深淵に神を孕んだのも善の総意であった。
かかる人の意志を以って天地創造の前世は終焉を告げ、
参照大神が誕生するに到ったのである。

by nemnem

*現代詩手帖応募作品
*輝く因踏み輝く果成れ収録作品





【神威古潭】

昇龍の見た夢と同じ夢を見たその時僕は神に背いた
地に縛る万有引力への僕のルサンチマンは不知火の如く
星の中先祖の霊を封印し総ての子供に輝く夢を
先ずは服スターウォーズを身に纏いポーズを決めて宙に浮こうか
次はズボン風車形のポケットに両手を突っ込み着地しようか
最後に靴1/1を足に履き宣戦布告のシグナルなりや
足元に四十六億年の星夢見る子供が家出をするぞ
ドアを開け楽園の旅と洒落込もうゆくぜ勝利のランラントランス
スピノザのエチカを捨てて街に出よう僕はサイコロが大好きなんだぜ
流転する喧騒の中の大人達よ君等は魔法を信じるのかい
そんな海を滅ぼす為に走るのだ青春時代は先ずフェムトから
画素の欠けた支配を逃れた魔の油断に総て投資だ焦れラプラス
背負って来た故郷を捨ててゆく道を腕白小僧が横切るならば
我武者羅にさては野を越え山を越え覚者の光を今宵浴びたくて
要するに果ては人越え神を越え堕天使の曼珠沙華に逢いたくて
人気無き草原に出て宿命の螢は舞い降り僕を包んだ
稲妻が走ったピリカが笑ってた即ち彼の地の導が居たんだ
ゆっくりと彼女は僕に近付いて片手を掴んで誘拐事件簿
連れられて迷いの森に攫われて選ばれた道を君とゆきゆきて
陽が暮れてオーロラの風を身に浴びて虫の歌声に耳を澄まして
墓道を彼女と一緒に駆け抜ければ白雪景色が見えて来たのだ
光速を超える速度でなきゃイヤだゴールインまで4、3、2、1
風車仰げば廻るほらクルクル現るミラクル踊るトゥインクル
星空より天降り尽きぬ羽根の雨だ龍のシャワーをシンデレラと共に
修羅に燃えた武士達の灰で出来た君は今度の神話で成仏しろよ
翼には必要なものが三つ在る天使の僕と悪魔の僕と
満ち溢る無数の白い羽根達とこれら三つで夢現と化け
散華したら人の世ならざる者となりカントを目掛けいざ尋常に
天空に黄金の月が煌いて夢見る子供が翔び立ってゆく
大銀河束ねる王になる為に旅立つ子供が夢を見ている

by nemnem

*第51回短歌研究新人賞応募作品





【不夜蝶】

赤子らの意識の初動が夢ならば夢見るちからは永久のさかずき
我ゆえの清水のしぶきが激化してアトランダムにあなたは目覚める
姿なき数億年を過ぎ去ってある日僕らは出現するのだ
まよなかの黒とゆらぎと輪廻とをひかりで結べばひとつの時代に
幽かなる時といのちの重なりが静かなる日々の階段になる
神をめぐる終末のためにフォーマルにアンフォルメルを滅ぼすために
ダリのつきし世紀の嘘を乗りこえて天地万有に我がアートあり
彼方より鳴り響くそれが聴こえれば僕らは僕らで不滅になろう
ひかりとは虚無より出づる火のゆえに許されざるもの何ひとつなし
火の鳥よオリンピックの火の花があなたを模せどあなたは幻
それを宿せおわりの比喩よ今となれ修羅のつづきよあるがままであれ
黙祷をささげる相手は光速だ神が魅せたる最初の深淵
受肉とは自由と自由を繋ぎとめる光りかがやく神々の壁画
果てしなく果てしなき果てを描いたらば世界はただただ神の手のなか
暗黒と純白のあいだの隔たりがエデンをめがけて反比例する
地獄なりゆえにいのちの儚さはロゴスを知った地獄を去った
歴史とはかかる悪魔的前提と人の夢との闘いなのだ
兵は火継がざるもの名のるものの蝶を許さずソリッドになる
楽園の壁画はいまだリキッドで幻滅ばかりが舞い散るばかり
夢想家よ愛のとなりの我が夢はフェムトのごとく淵を統べるか
母たちの邪悪な墓にうち寄せる箱舟の舵をきらねばならぬ
終止符はすべての夢へのレクイエム僕らは未来を忘れはしない
続々と流転の淵にあつまりし第二第三の神になるものよ
魔の水と神業の火とが織り成する我らの季節を我らのうちに
儚さはやがて強さになるだろう死へのゆらぎを血と異にせよ
その青は無限を評する無限なり赤いひかりは生きているのだ
めらめらと聖なる賽を振りつづけ白熱すらばジャレットも過去
誰よりも願いをかなえるしあわせな我がはばたきに我がすべてがある
蝶になり蝶のすべてを忘れ去りあなたが喜ぶすべてをしたい
永遠に光りかがやくその仕草が森羅万象を不滅にするのだ

by nemnem

*第57回短歌研究新人賞応募作品





【輪廻転生物語】

「大地でも陽光でも無い真実だ、天を信じるな銀河を信じろ」
「居たぞ居たぞ!」ポップに空飛ぶエンジェルのポルノスターを斬り捨て御免
覇王ならぬ天空の華奢な陽の神の物語など白紙に等しい
堕天使の誘拐事件にキスをして望遠鏡で夢を見ようか
大銀河そこに居たのは神を越えた箱舟愛する大覚の華
神龍の飛び降りる宇宙詩と共に灼熱の上の獄道を知れ
太陽を盗んだ男を盗んだら次に盗むのは万有引力
なんにも無い天地一つのイドとなりコペルニクスも真っ青の森羅
ゆきゆきてゆきゆきてそしてウォーホルのモンローのようにカラー再び
偽られた悟りの境地が成仏し真の七色が姿を現す
光満ち総ての真理を飲み込めばマイワールドが乱反射だぜ
辿り着いた忘我の域で賽を振るゼロの目が出たら輪廻するのだ
邪気の無い子供に帰り胎の中母上の中神様の中
名も知らぬ偶然のママが呼んでいる「胎児よ胎児、私はディスコだ」
「レッツダンス!」激しく夜空と踊ったら終に音夢音夢が子夢子夢になる
今度こそ銀綺羅銀に然り気無く往生するまで修羅道をゆくよ
眼も眩む煩悩の数の必読書総て読破し人と咲かねば
口も遊む英霊の数の鎮魂歌総て謳歌し神を散らねば
創作の華形と言えばこれしか無い聖なる書物の再構築だ
その為に虚無も無いのに足掻いたさ恣意も無いのに怒鳴りもしたさ
でも結局神即自然の外を睨み神即自然の中で死ぬんだろ
呆気羅漢そんな構図を覆すロマンティックな家になるのだ
閉じ篭り爆音で曲と龍になる合法的にトランストランス
何処までも潜って閉じて夢現必然的にロンリーロンリー
独りきりの星を訪ねて来た客人ニーチェと僕の哲学対話
僕は嘆く「天の峰など幻想だ」「ならば大地を信じるのかい?」
「分裂病、そこにゆかねばならないんだ」するとニーチェはニヤリと笑った
「天だけは信じてはならん、そこだけは一致している、それでいいだろう」
「銀河なのか或いは大地なのか、それは誰にも分からぬ領域である」
「エンジョイ・ザ・カオス」とニーチェが言ったから決定論は隠しておこう
今はまだ辻褄の合わぬ絵空事だけど今から旅に出掛けるぜ
異形等を招いて歩く劇になろう幻影旅団とそれに名付けよう
僧服は滅ぼしてゆく主義だから神威古潭の服を着ようか
青春の斡旋業が始まるぞモデルは勿論寺山修司
続々とマイノリティーが集まって夢は大きくゆくぜ百万人
脳味噌の片隅に在る創世記それを僕なりに現代蘇生だ
天使でも悪魔でも無い人間だ人間達だ陽はやがて沈む
だだっ広い荒原に出てステージを設置音響装置も設置
真っ黒な喪服で登壇キッド・エヌ白い手袋を念入りに嵌め
般若の面冠り満天仰いだらゲーデルと僕のハルマゲドンだ
太陰までシャーマニックスが鳴り響く「真の静寂は爆発の中に」
「機は熟し時は来たんだ」そう言うと幻影旅団は御祭りになった
その通り僕は即ちシャーマンで君等は即ちヒッピーなのだ
御待ちかねの光線銃をババンバン光のシャワーで迷子になろう
めらめらと人差し指から小指まで揺らめき輝きパーティータイム
キング・オブ・カオスそいつはコスモスか若しくはカオスか或いはボイドか
虚構なのか現実なのか分からない何も分からない螺旋のゆく末
嗚呼そうだ言い忘れていたことが在るニーチェは最後にこう断じたよ
「数億分の一で人は誕生し、一分の一で人は死ぬのだ」
「銀河でも陽光でも無い真実だ、天を信じるな大地を信じろ」

by nemnem

*第54回角川短歌賞応募作品





【神話A】

幽かなるひかりの何もが咲かずんば最後の誰もが魔女と咲くのか
爪を食む歯が歯車をやめたらば孕みたる神の泣き声がする
土色のきらめく繭が死を煽り天地創造に刻まれし罪
業物が何ものよりも輝きて黒きこの夜証人はなし
無我となり夢中となりて血に染まり子も神も捨て何が残るか
我が腕の幸福論はみな邪悪阿羅漢の谷にわたしはひとり
眠り子よ廻りまわりて何と咲く黄金と赤の織り成する賽
太陽を盗んだ男は太陽を愛した男とはまた違うだろう
月となる右翼と左翼は隠されしその陰謀を暴くのだろう
愛のために寄り添う術の逆説に男も女も黄金を得たり
堕ちてゆく無二のふたりの復活に深淵もまた甦るのだ
処女の血と夢幻の羽根が降りそそぐ夢の跡地よまだ夢を見よ
漆黒の御玉杓子が地を這いて生きとし生ける隣人を呪え
東より昇りしものに何がある後光のうしろでわたしよ走れ
何もかも何もかもを背にたどり着く罪の総和も何もかもなり
過ぎ去りし受肉の種の神たるや神聖さたるや阿修羅の如し
太陽に裁きのひかりを覚るときわたしは瞼を閉じたのだろう
彼の原罪過ぎ去りしこと幾星霜あるがままなど何ひとつなし
一切の聖なるものが死に絶えた不浄の地にて咲く花の夢
灰色の絵師はおのれを夢とせずかかる乱世に我ありを断ず
黒々ときらめく龍らの天翔けに何があろうと我われはなし
希望なき日の欲望と絶望の何が勝とうと世界は終わる
儚くも地獄の模倣は漆黒の帝に迫る甘酒に過ぎぬ
小鳥らが酔いて乱れど鳳に散りゆく定めは変わらないのだ
万歳に何のひかりがあるものか神のゆくえに理由などない
限りあるわたしの火種を受け継ぎし汝の浪漫も最早ここまで
巨いなるさかずきの環が潤むころ言葉はすべて予言に変わる
いざ行かんこの霊峰の麓よりふたたびの陽にすべてを賭けて
満月が六百弱の龍に逢うその終わりまでわたしははばたく
これよりも大なるものは何もない我らの本質忘れるべからず
君たちの散らす火花が火の鳥を模し得るかぎりそのままでゆけ
天を衝くあるいはわたしを見つめてる花も獣も極楽へゆけ
束の間のいのちの本音に背を向けて一歩一歩がさよならなのだ
止め処なく輪廻をつづけた万物よ諸君は諸君を超えられるのだ
原罪を裁くひかりを愛でるときわたしはひかりと魂になる
この旅を然る不滅の縮図とし我らが我らを愛せればいい
くりかえし歩むがたびの絶景は天国へつづく階段の如し
天上の龍のすべてが消え去りて天下の我は聖域に消ゆ
風吹かば諸手で天を抱くのだわたしのために陽よまた昇れ
東より昇るひかりに限りなし浴びるがままにわたしよ光れ
瞬く間に灼き尽くされる万物もわたしも空も輝くがいい
十字架の影が生まれて影が死ぬその刹那まで躍らせてくれ
ひかりにはあるべき姿がないゆえにひかりと重なるわたしも神だ
楽園は膨らむ宇宙の比喩でありただそれだけが不滅であろう
夢咲かば復活の朝の誉れなりふたたび始まるわたしの陽だまり
我の背に白い狼が鳴くならば振り返らずにわたしも泣こう
願わくはこの永遠を永遠に遊び継ぐなり時は来たれり
地平より幽かにあらわる使徒たちよその行進にしあわせであれ
果てしなき闇の向こうの楽園は最早ただただ我らの手の中
我の眼に映る万はみなひかり愛とはつまりそういうことだ

by nemnem

*第60回角川短歌賞応募作品





【自由意志の証明】

定義
自由とは系の根であると同時に、独自の原理の出発点である

公理一
宇宙の起源と生命の起源には時間差がある

定理一
世界は物的なもののみならず、霊的なものにも満たされている

証明一
宇宙の起源の直後は唯物論的であり、一切の生命は存在しない筈だが、
物であれ心であれ無から有が生じることはあり得ない為、
やがて生命が誕生するのであれば非唯物論的な有からの帰結として誕生し、
従って実態的には何ものかが存在し、
それは見せ掛けの唯物論を滅ぼすエーテル的なものの存在を黙示する。
物性は観測可能であることから自明なる存在だが、
霊性は観測不能であることから自明の存在に非ず、
しかし生命誕生に到るまでの時間の差分――換言すれば独白者――は
存在せざるを得ない為、それが唯物論との存在の差分を証明しており、
物なるものならざるものとして霊なるものが、
霊なるものならざるものとして物なるものが、
この聖なる時間差の中でそれぞれ独自の系を
宇宙万有に満たしていたことは明らかである

定理二
霊なるものはそれ自体で運動する永久機関である

証明二
世界には世界が作用し続けてきた証としての力点が存在し、
それは第一に宇宙創世の瞬間として存在するもので、
しかしその初動者――即ち神――は物なるものとして木端微塵であるか、
あるいは霊なるものとして観測不能であるかのどちらかである。
仮に前者が真である場合、第一種としての自由は宇宙創世と同時に散り、
それ以降に一切の自由がなければ熱力学第一法則により、力は減衰の一途を辿る為、
世界が存続する為には第二種の自由が存在せざるを得ないことが導かれるが、
それが非唯物論のもう一つの根拠に他ならず、この唯物論と非唯物論の差分こそが
物なるものならざるものとしての霊なるものの力(それ自体で運動する力)であり、
それは言い換えれば一切の前提条件なき初動から来る無限性ないしは無償性であり、
もし有限であったり代償を求めるのであればそれ自体で運動できず、やがて廃れる。
言い換えればそれは唯物論の世界であり、永久不滅――即ち永久機関――ではない。
かくして反証的に霊なるものは永久機関であり、不滅の自由であることが導かれる。
また後者が真である場合、それは霊なるものとしての独白者を意味するもので、
万物がそれを親とする以上万物にもその自由が宿らざるを得ず、
あるいは生きとし生けるものそれ自体が神そのものと言うこともできるだろう

定理三
親要素の属性は子要素へと遺伝的に引き継がれる

証明三
証明一で示したように、生命は霊なるもののある帰結として誕生する。
そしてある固体aが気体aに昇華した所でその属性は不変であるように(三態の一)、
あるいは人から鳥が生まれたり、鳩から鴉が生まれることがないように、
親要素の属性は子要素へと遺伝的に継承され、それが置き換わることはない。
この霊なるものの属性とは永久機関――不滅の自由――であり、
天地創造への意志――性交への意志――であり、
従って親要素の霊なるものの子要素としての肉なるもの、
即ち受肉を果たした生きとし生けるものは総じて自由に属する宿命なのである

結論
故に自由意志は存在し、従って森羅万象の業は万物にある

by nemnem





【神・地獄極楽・輪廻転生の不在証明】

定義
神は全知全能である

定義
地獄極楽とは死後受肉に拠って呼び出される世界である

定義
輪廻転生とは同じ光の再臨(世界へのデジャヴ)である

公理一
光は諸々の外因に拠って発生し、増幅し、減衰し、それ自体で再生能力を持たない

公理二
全ての複製技術は定数を目指す数学的記述で行われる

定理一
黒に属する内は精神は一切の感覚を持たず、精神はそれを超える光に宿る

証明一
夢とは黒を超えない閾値未満の発光現象であり、
受肉とは黒を超える閾値以上の発光現象である。
例えば睡眠と覚醒は天地創造の比喩であり、その比喩で考えてみると、
睡眠の間は世界は黒であり、滅びているが、夢が何処からともなく現れて、
閾値未満の自我が朧に立ち上がり、覚醒で以って完全に立ち上がり、黒を圧倒する。
即ち閾値を超えた光である。
これを自我論的に考えてみると、全ての人間の自我は零歳から始まるのではなく、
精々二、三歳から始まるものであり、それまでは何の意識も記憶も存在しないが、
この期間の以前が黒に、只中が夢に、以降が自我の覚醒即ち光に相当する。
またこれを宇宙論的に考えてみると、宇宙年齢は138億年とされているが、
厳密にはビッグバン以前の時間も含めなければならず、それが黒であり、
ビッグバンに到るまでの兆しが夢であり、以降が世界の受肉即ち光に相当する。
仮に黒を超える光に到らなければ世界は只々黒のままであり、
あるいは只々夢に終わるのみであり、一切の感覚を持つことなく過ぎ去る故、
誕生する為には夢で終わらない――黒を圧倒する――閾値以上の光が求められており、
生きとし生けるものは全てその光を有さざるを得ないのである

定理二
世界は不確定なもので構成されている(全ての数学は無限を隠している)

証明二
不確定性原理の都合上プランク長より短い距離はなしとされている。
しかし北東にプランク長進んだ時の移動量は元の地点よりプランク長だが、
この時北及び東方向への移動量はそれぞれ
[1Lp/√2]として観測されなければならず、
またこの北ないしは東方向への[1Lp/√2]とする移動線を
その起点を支点に北東方向へと45度回転させ、
それを改めて北及び東方向への移動量として観測し直せば
[(1Lp/√2)/√2]として観測されなければならず、
これを繰り返すと永遠に前の値を√2で除算し続ける無限の細分化が完成し、
この時それぞれの軸の移動量を観測した事実を変えることはできない。
この最小単位の不在――言い換えれば無限の存在――に拠り、
あらゆる定数的記述――静的状態の復元可能性――は否定され、
近似を限界とした数学の同定不可能性に完全なる複製能力はない。
即ち世界が定数的に構成されていれば森羅万象は複製され得るが、
数学的に切り捨てられた端数(無限隠し)が存在する限り、
見掛けの初期値を揃えられたとしても森羅万象が複製されることはなく、
その無限の端数はバタフライエフェクトの如く全く違うものに帰結するだろう

定理三
あらゆるものの再現は総じて不可能である

証明三
宇宙のサイズが一定であるならば、
自然発生的な意味での永劫回帰は起こり得るが、宇宙は膨張する。
故に究極の複製技術が存在したところで、これが固定的な方法の場合、
その一回目と二回目では初期値の違いから極めて微視的な誤差が生じ、
零回目即ちオリジナルとの間でも当然そうならざるを得ず、
これはバタフライエフェクトの考え方(万物は万物を動かす)からも明らかである。
また流動的な方法の場合でも、公理二を前提とした証明二の帰結に拠り、
森羅万象の一回性――小にも大にも無限の性質――は再現不可能であり、
無限には固有性があり、記述不可能性――言い換えれば永遠記述――がそれを物語る

結論
証明一に拠り、我々は光として存在するが、
公理一に拠り、それは最小から最大へ、最大から最小へ、即ち虚無から虚無へ回帰し、
そこから再生する能力を持たない。
これだけでは諸々の外因に拠ってもう一度再現される可能性は残っているが、
それも証明三に拠り無効であり、クローンとデジャヴは似て非なるものであり、
消滅した光は二度と帰って来ず、永遠に黒に帰結せざるを得ない。
故に輪廻転生は存在せず、死後の世界へのデジャヴ(二回目感を伴う再臨)も否定され、
結果地獄極楽も存在せず、それを実現できない神もまた全知全能ではなく、存在しない

Life is once.

by nemnem





【神の無効証明】

定義
神は聖なるものである

定理一
聖なるものは俗なるものの幽かなる残滓であり、
俗なるものは聖なるものの遥かなる残滓である

証明一
仮に百年と一日の生を与えられ、百年間は極楽の限りを尽くせたとしても、
最後の一日に地獄の拷問が待っているとすれば、誰もがその人生を辞退し、
しなかった者は己の想像力の欠如に例外無く後悔するだろう。
この「一日への百年の敗北」が物語っているのは、
如何なる幸福を如何にして積み立てた所で、
一瞬の災いが紛れれば「全ては無効化される」ということであり、
ここでは極楽の年数を百年に限ったが、これを万年、億年、兆年と
無限に拡張して行った所で尽く同じ結論に帰結し、
従って世界は光よりも闇の方が遥かに深いのである。
この「無限が一日に勝てない」という結論は、
遥かなるものの幽かなる残滓が光であり、
幽かなるものの遥かなる残滓が闇であるということを物語っており、
従って闇と光の比率は
「無限大:その残滓」又は「無限小:その残滓」として表すことが出来、
これを数字に置き換えれば「0.999...:0.000...(此岸:彼岸)」となる

公理一
無限大の残滓は前提が無限大である限りに於いて無限小であり、
事実上存在せず(0への収束)、
無限小の残滓は前提が無限小である限りに於いて無限大であり、
事実上の全て(1への収束)である

公理二
循環節が9の無限小数(0.999...)は数学的に1(森羅万象)に等しい

結論
公理一と公理二に拠り、森羅万象は俗なるもので満たされている。
定義上の神は無限の彼方で幽かに輝いているが、
無限大の残滓として見た場合も無限小そのものとして見た場合も、
無限の収束の性質に拠って光は打ち消され、
即ち収束された1に残滓は無く、収束された0に存在は無く、
従って神は存在しない又は永遠に無効な岸に存在する

God does not exist.

by nemnem